最初の落成は2012年8月、当時は屋根埋めにパテを用いたり、シールなのにはみ出した跡がシールの下から見えていたりと酷い有様で2か月もしないうちに再入場しました。写真は入場直前の姿です。
実は最初の落成時、上帯のみ塗装で塗った上にシールを貼っています。この時は塗装もマスキングも全くできなかったためにこのような仕様となっていました。また、最初のリメイクの時に屋根のパテをカッターで剥がそうとしましたが、その時にカッターが左手に刺さり今も残る傷跡になってしまいました笑
モハ61201が入場している間にクハ62201の方も着工、こちらは特徴的な縦長のトイレ窓を開けたり、屋根上に製品の東武8000系から複製した冷房を載せることにしたました。
クハ62201は2012年中に落成し、年明けのプラレール改造を始めて1年経った時の作品一覧に写っています。落成時の写真は全く撮っていないようです笑
2013年3月に行われた「第5回プラレールひろばinちゅうおう」に参戦、その時にはキハ40形と6050系を持ち込ませて頂きました。帰り道には6050系を作るときに参考にさせて頂いた総京さんも居て、6050系製作について色々お聞きすることができました。それだけでも持っていた甲斐があったと思います。
総京さんにお会いして火が付いたのか、モハ61201の方のリメイクを再開し、急ピッチで仕上げました。6月には念願の2両編成が組めるようになっています。パンタグラフは現在と同様にマリンライナーのを採用しています。この時の車番は実車のリサーチ不足で「モハ6051」「クハ6151」となっています。シールは最初も二回目も、父親にお願いして作ってもらった記憶があります。
2013年8月には「第6回プラレールひろばinちゅうおう」にて動画デビュー、福遠さんの報告動画のエンディングに映ることとなりました。
2013年秋、自宅で組んだトミカタウンのレイアウトでも撮影しました。今思えばとても既視感があります。
2014年春、Twitterの運用を開始しましたが最初の頃に写真をあげた車両も6050系でした。隣は落成から半年もたっていなかった651系1000番台です。
キハ8500系との並びです。鬼怒川温泉駅あたりのイメージですかね。
2014年7月、鉄道博物館でオフ会(通称:大宮オフ)を行いました。その時も6050系を持ち込んでいたようです。
「第8回プラレールひろばinちゅうおう」前日にはストップレールの干渉防止を考慮し、スカートの小型化を行いました。
「第8回プラレールひろばinちゅうおう」にて走行、実はこの会場で走行させるのはこの回が初でした。しかも、リメイク前に本線走行を果たしたのは結果的にこの一回きりとなりました。
8月末には当時から永く仲良くさせて頂いているはまのべ・らいぷら両氏との会合がありました。これがリメイク前に表舞台に出た最後の機会です。一緒に写っている205系や富士急行8000系の復活も待ち遠しいところですね。
リメイク前の撮影会、2014年に落成した秩父鉄道デキ500形や2013年落成のED79形と並んでいます。これらの車両もリメイクを重ねつつ現存しています。
6050系の工法がこの当時からほとんど変わっていないのが写真からもよくわかります。窓や複製部品の精度は当時よりは上がったと思いたいところですね。
そして解体線に送られてモハはIPAプールに漬かることになります。この時期からクハのみが取り残されることになります。
帯を剥がされ、IPAに漬かる準備の出来たモハ61201です。プラ板の剥がれも見えてきてかなり老体にムチを打っていたことがよくわかります。
廃車陸送を再現しつつIPAプールへと運びます。
残ったクハ62201はこの後、モハのリメイク終了まで2年ほど走行不能で留置されますが、度々広報活動に駆り出されることになります。
IPAプールから引き揚げたモハ61201、その痛みは想像を絶するものでした。くっつきの悪かったプラ板は剥がれ、パテで複製した屋根上機器は角が取れて丸くなり、扉には落ち切らなかった塗膜がこびりつく、この時点で修復は難航することが予想されました。
2015年1月中旬、一方のクハ62201の方も劣化は着実に進んでいました。屋根上機器の塗装は剥げ、シールは変色、心なしか下地も痩せてきた気がします。
保留車状態のために砂川機関区の工事がある度、構内移動をすることになります。これは機関区の用地不足のため、ホッパーを延伸したときのものです。
秩父鉄道3000系に化ける前、475系との並びです。この直後に475系は再改造となります。
落成直後であった秩父3000系との並び、フラッグシップ的存在の私鉄優等列車の交代の瞬間だったかもしれないですね。
クハ62201のみになっても運転会での展示の機会は設けていました。「第1回北本でんしゃ広場」では東京スカイツリーと並び、東武鉄道のポスターのようです。
この時期、モハ61201は塗装の実験に使われていました。赤色はED76形、水色は秩父鉄道3000系、青色は20系あたりの実験だったと思います。
2015年夏の「第10回プラレールひろばinちゅうおう」では再びこの並びを展開しました。この後も何度かちゅうおうの会場で並べています。
鮫さんの新作、東京メトロ13000系との並びは東武伊勢崎線感があり、素晴らしかったです。この後製品化されますが、鮫さんの方が断然リアルでかっこいいと思います。
製品の東武8000系との並びです。製品は211系の前面をそのまま使用していますが、ライトのテイストを同じにしたため雰囲気はかなり近くなったと思います。
モハ61201の修復に挫折したため、2015年9月6日には新しく211系から製作開始しました。モールドを立体化してリアル志向へと舵を切りました。
両サイド共に立体化が終了し、地の色が白なのも相まって6050系をイメージすることが可能になってきました。
従来の車両との比較、細かく段差をつけているのが分かります。
側面はというと6枚窓から4枚窓へ変更しています。これで6050系だけでなく634系も作れると踏んでいましたが、後に一部計画に修正が必要なことが判明しました。ついでに乗務員扉を移設して、塗分けラインを作れるようにしています。
2016年8月時点でのクハ62201の状況、運転会持ち込みを控えたお陰か劣化の進行は収まりつつあります。運転会の持ち込みは、丁寧な輸送を心掛けないと劣化の進行を進めてしまうことがわかります。
2016年には架空鉄道「砂川鉄道物語」用の写真にも起用しました。もう少し工場の雰囲気が伝わるようにしたかったです。
「2016 東武ファンフェスタ」にて念願の親子写真を撮影、リメイク前のクハ62201が表舞台に出たのは恐らくこの時が最後でした。
2016年12月19日、永らく入場していたモハ61201が出場し、綺麗な姿を取り戻した。今回は塗装で帯を再現、シール時代よりもスマートな印象になったと思います。隣に並ぶクハ62201と比べてもその差は歴然としています。実は落成時の写真の元データを紛失してしまいました。
モハ61201の出場により今度はクハ62201が入場、編成を組めたのはほんの数時間でした。落成から5年、車体は相当くたびれていました。
年が明けて2017年2月、らいぷら・はまのべ両氏と会う機会があり、久々にお互いの改造車両を並べました。3年前とは少し顔ぶれが違いますが、代表作といえる面々でしょう。
数日後には東武動物公園駅にまで出向き、親子写真を撮影しました。
2017年4月、区間快速廃止のうわさを受けて東武日光・野岩・会津鉄道を乗りつくす旅を決行しました。
会津田島駅では、親子写真も無事に回収することに成功しました。
「第4回北本でんしゃ広場」に向けてクハ62201のリメイクを再開しました。経年劣化はあったとはいえ、比較的車体の状態が良かったのが幸いし、あっと言う間にサフの状態まで進みました。
2017年5月5日、運転会に間に合わせる形で落成しました。2013年6月に編成を組んだ時以来約4年ぶりにリメイクした2両が揃いました。
「第4回北本でんしゃ広場」ではSL大樹との並びを展開しました。
同車種・異製作者並びという興味深い並びもあり、完成させた甲斐があったなと感じました。
将来的な6両編成化を見越してモハ61201にも連結器を取り付けることにしました。台車側に切り欠きを設けるのみで簡易的な改造です。
台車側に設けた切り欠きにネジ台座を設けて固定する方式にしました。常用ではなく連結器が必要になった時につけることとします。台車もグレーに塗装することにより、スカートとの親和性も演出しました。
以前は移植したネジ穴を使っていましたが、今回からはネジ穴の先端部分のみを移植し、車体の中心に板を挟み込む方式にしました。これによりずれなくネジ穴を移植できるようになります。
この機会に塗装のはみ出しも修正しておきます。
2017年5月30日、正式にリメイクを終えて出場した。今でもこの状態で運行している。
私鉄の優等列車並び、6050系はもう完全に末端路線のローカル運用の顔になってしまいましたね・・・・
2017年8月に行われた「第12回プラレールひろばinちゅうおう」では再び走行を果たしました。実に3年ぶりのことです。
らいぷらの相鉄との並びや、砂川トラベル3人組での並びも実施。
埼玉県内某所の大学で行われた文化祭での1枚です。埼玉県の鉄道やバスがあり地元愛を感じるレイアウトでした。
大宮で行われた「JOIN-T忘年会2017」の様子、参加者の新作たちが並びました。
「第4回プラレールひろばinきたもと」でも走行しています。
「第4回町田トレインコネクション」ではたまてつくんの東急8500系やサロハユニフ氏の東武50000系51901Fと並びました。伊勢崎線で見れそうな風景ですね。
2017年度のリメイク作品の並び、受験期なのもあり流石に作品数が少ない1年でしたね。
「第13回プラレールひろばinちゅうおう」でも走行、リメイク以来第一線を担っています。他に持ち込める新作が無いとも言えますが笑
大鐵ゾーンを走る6050系、都心も郊外も田舎も走れて2両編成という扱いやすさから重宝しています。
「第8回プラレールひろばinちゅうおう」で走った場所にこの年もマキバオーゾーンがあり、そこでも走行させて頂きました。
ちゅうおうに来るたびに撮影しているキハ40との並び、キハ40の方の老朽化がかなり進行してきています。
この日は「第13回プラレールひろばinちゅうおう」最終日でした。ホワイトボードの前での1枚です。
1週間後の「第19回国際鉄道模型コンベンション」にも持ち込み、とーかそくんの2連と組み合わせて4連を組成しました。
砂川車輌に集う車両たち、24系もそろそろ入場が必要そうな状態ですね。
2019年3月の「第5回北本でんしゃ広場」ではトミカタウンを走行していました。
「第1回川口でんしゃ広場」ではONちゃんの彩野と並びました。
小さなエンドレス線での走行も披露、会津鉄道線に入ってからの情景にも見えます。
「第5回鉄道模型広場inルミエール」では砂川ブースの幟のデザインに起用され、文字通りフラッグシップトレインとなりました。
別の場所では東武鉄道の並びが展開、滅多に揃わない東武並びは貴重でした。
「第11回北本でんしゃ広場」では熊谷貨物ターミナル駅に停車する6050系の逆甲種輸送を再現してみました。
「第14回プラレールひろばinちゅうおう」にも持ち込み、大鐵ゾーンで展示しました。
恒例のキハ40との並び、2020年は出来なかったですね・・・・
「第12回北本でんしゃ広場」の車庫に留置される6050系、秩父鉄道の車両たちとの並びは親和性が高いです。
「第2回お座敷きたもと」にて、ともさんの友人が製作したという東武8000系との並びです。ライトの立体化、やはりかっこいいなと思いました。
なかなか行われない東武鉄道の並び、50000系列や8000系列の顔が並ぶと東武鉄道の雰囲気が出てきます。一番奥には日光軌道線もいます。
下今市駅でも親子写真を撮影、実は2両編成にしてから初めての親子写真撮影となりました。
暁ツアーズ/砂川トラベルの合同企画で「SL大樹」に乗車しましたが、久しぶりにやはさんの6050系と並ぶ機会を得たので4両編成を組んでみました。