Sunagawa Railway

改造プラレールや保存車・廃車体をメインに取り扱っています。

2022年5月のトップページ

2022年5月のトップページ

プラレールや保存車/廃車体等をメインにしたブログを運営する「砂川」です。元々は「保存車とプラレール」「砂川鉄道の保存車とプラレール日誌」「砂川鉄道広報課」というブログを運営していました。

当ブログではプラレールを中心に保存車/廃車体等の鉄道趣味のメジャーではない部分に焦点を当てて取り扱っていきたいと思います。文章力が無く下手な文章となってしまうかもしれませんが読んで頂けると幸いです。
 

今月のトップページは、4月に訪問した碓氷峠鉄道文化むらでの1枚です。2017年以来5年ぶりの碓氷峠でしたが、EF63形の元気な走行風景も見ることが出来ました。2015・2018年には年には「北本でんしゃ広場」でも碓氷峠を再現しました。そろそろ碓氷峠をテーマにした運転会を再びやりたくなってきましたね…

 

重要なお知らせ
「改造プラレール」の目次ページ末尾に他のプラレーラー様へのお乗り換え口を整備しました。従来から数人分載せて頂いていましたが、今回は名誉会長様、やは様、ぺこり様、平塚様、津崎様、はまのべ様、たまてつ様、六郷様、たろこ様、onちゃん様の改造車両紹介ページを追加しています。お互いの車両の把握や技術向上、見てくれる方の利便性向上が図れればいいと思います。
 
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プラレールの改造はメーカーであるタカラトミー様は推奨していません。改造はあくまで自己責任でお願いします。改造されて怪我等をされても当blog及びメーカー様は一切の責任を負いません。
*肖像権が関わる画像や企業名などが写っている画像は予め加工しています。
*敷地内で撮影した画像は全て許可を得て撮影しています。

上砂川支線を走った気動車たち

今回は上砂川支線を走った気動車たちを紹介します。

上砂川支線の気動車列車の歴史は意外にも長く、1959年には運行開始しています。

昭和三十四年五月一日からはジーゼルカーが運行されることになった。これは三井砂川鉱業所が通勤客利用者のため国鉄に陳情していたものであるが、鉱業所が一千六百五十万円の利用債を引受けて実現した。一日二両連結のもの十四本、三両連結のもの四本計一日十八往復に増加された。

砂川市史編纂委員会『砂川市史』(砂川市役所、1971年2月20日)、1515頁。

このように三井鉱山による陳情と利用1,650万円の引き受けによって、1959年5月1日というかなり早い段階で気動車が導入されたというのは特筆に値します。この時期は2両編成14本、3両編成が4本の1日18往復もの気動車列車が運行されており、最末期の6往復の実に3倍も走っていたようです。

最初期に運行されていた気動車はキハ21形だったようです。確認できた番号は41、58の2台でした。キハ21形は1957年に製造されたキハ20系のグループで、84両が製造されました。客室窓の二重窓化等を行っていますが、デッキが無かったことで冬季の車内温度に難があったことから1958年にはキハ22形の投入に切り替えられています。上砂川支線での運行開始は導入2年後で、新車ではないものの比較的新しい車両が投入されたようです。利用債を引き受けての運行開始で新車ではなく不満があったのか、従業員輸送でデッキ無しが重宝されたのか、当時の人々や三井鉱山がどのように思ったかは定かではありません。

待望のディーゼル・カー走る 昭和34年5月1日

『思い出の上砂川支線』(北海道旅客鉄道)

上砂川支線の廃止時期に発売されたオレンジカードには、気動車の運行開始日とキハ21形らしい車両の写真が載っています。側面はバス窓で、扉の位置からデッキが無いようです。貫通扉のステップ部分には58と書かれていることから、キハ21 58だったことがわかりました。このキハ21 58は後に荷物車兼用にするため、ロングシートに改造されて100番台に区分されたキハ21 102になっています。また、「上砂川支線」『ギャラリー弐番館』では、1978年3月にキハ21 41が走っていた記録もありました。

<車歴>

・キハ21 41(新潟鐵工所、1957年11月7日製造、札幌)→(1980年11月12日廃車、苗穂)

・キハ21 58(帝國車輛工業、1957年12月21日製造、旭川)→キハ21 102(苗穂工場、196年9月改造)→(1980年12月17日廃車、苗穂)

次にキハ16・17形です。1970年代後半には苗穂機関区所属の車両が入線していた記録をInstagramで2件確認することが出来ました。確認できた番号はキハ16 93、キハ17 254の2台でした。キハ16形は便所無し片運転台車、キハ17形は便所付き片運転台車となっています。どちらも1977年に廃車されており、写真の日付が「昭和52年」になっていることから、最末期に上砂川支線を走っていたことがわかります。その後はキハ21形が再び引き継いでいるようです。

<車歴>

・キハ16 93(帝國車輛工業、1955年4月1日製造、札幌)→(略)→(1977年12月26日廃車、苗穂)

・キハ17 254(日本車輌製造、1955年12月3日製造、札幌)→(略)→(1977年11月4日廃車、苗穂)

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上砂川支線で活躍したキハ40形100番台(イメージ)

次にキハ40形です。キハ40形は何回かに分けて主力車両になっていたようです。1983~87年3月頃と、1989~1990年3月頃までは首都圏色のキハ40形100番台が走っていました。確認できた番号は113(→838)、134(→726)、136(→708)、139(→767)、150(→789)、169(→)、178(→814)、183(→783)、184(→)、185(→762)、188(→803)、215(→730)、216(→731)、221(→733)です。キハ40形100番台は1977年に製造されたキハ40系の番台区分で、150両が製造されました。北海道用の酷寒地向け装備として、1段上昇式の二重窓とデッキを装備しています。1986年半ばから1989年前半までは一部を除きキハ54形が担当していたようで、僅かながら空白期間が存在しています。1990年代からはキハ22形700番台が投入されました。

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かつて上砂川支線を走っていたキハ40 838(←113)

キハ40 838は1982年頃、キハ40 113の時にトレインタイムスさんのツイートで確認できました。1977年に製造されて1985年には苗穂から転出しているので、キハ21形廃車から1985年頃まで走っていたものと思われます。1995年にキハ40 838に改造され、最後は函館所属で2016年3月の新幹線開業時期に廃車となったようです。函館駅で何度か遭遇していたようで、何枚か写真が残っており、これは2013年夏の夜に函館駅で撮影したものです。

キハ40 726は1984年9月、キハ40 134の時に記録が残っています。1979年製造、1986年に苗穂を転出しているので時期も合致します。1992年にキハ40 726に改造され、最後は旭川所属で2021年に廃車となりました。残念ながら撮影が叶わなかった車両です。

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かつて上砂川支線を走っていたキハ40 708(←136)

キハ40 708は1983年頃、キハ40 136の時に記録が残っています。1979年製造、1986年に苗穂から転出しており、この間の期間に入線していたようです。1990年にキハ40 708に改造され、最後は旭川所属で2021年廃車となっています。私は2020年10月の根室本線乗車時に偶然乗ることが出来ました。

キハ40 1767は1989年9月、二度目の主力車両に返り咲いた頃、キハ40 139の時の記録が残っています。700番台に改造されて以降にも記録があるため、そちらで纏めて紹介します。

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かつて上砂川支線を走っていたキハ40 789(←150)

キハ40 789は1986年6月、キハ40 150の時に記録が残っています。1980年に製造され、1988年まで苗穂に所属していました。1994年にはキハ40 789に改造され、最後は苫小牧所属で2018年廃車となっています。岩見沢運転所で寝ている姿を2013年夏に撮影していました。

キハ40 1745は1986年6月、キハ40 169の時に記録が残っています。1980年に製造され、当初は釧路に配置されましたが、この時期に上砂川支線での運用が目撃されています。これは仮説ですが、根室本線の運用の合間などで用いられていたのではないでしょうか。後に釧路所属のキハ27・56形がラッシュ時に2両で入線していた時期もあります。1991年にはキハ40 745に改造されたうえで旭川に転属しています。2011年には1700番台に改造されています。現在も旭川に所属していますが、残念ながら撮影できていません。

かつて上砂川支線を走っていたキハ40 1814(←814←178)

キハ40 1814は1983年8月、1986年8月の2回、キハ40 178の時にmgpc64さんの「1983年8月 北海道全土のりある記 根室本線の混合列車編」『1980年代国鉄撮影日記』で確認できました。また、1986年8月、キハ54形に車両が変更される直前も運用に入っている記録が残っています。1980年に製造され、1993年まで苗穂に所属していました。1994年にはキハ40 814に、2008年には1700番台に改造されています。北海道新幹線開業により誕生した道南いさりび鉄道に移籍し、現在は山吹色の塗装を纏っています。2015年夏に函館駅で撮影し、道南いさりび鉄道に移籍した後も撮影しています。

キハ40 1783は1989年2月、キハ40 183の時に記録が残っています。1980年に製造され、1993年まで苗穂に所属し、キハ40 783に改造されたうえで苫小牧に転属しています。2006年には1700番台に改造されています。現在も苫小牧に所属していますが、撮影出来ていない個体の一つです。

かつて上砂川支線を走っていたキハ40 1784(←784←184)

キハ40 1784は1987年3月、キハ40 184の時に記録が残っています。1980年に製造され、1993年まで苗穂に所属し、キハ40 783に改造されたうえで苫小牧に転属しています。2006年には1700番台に改造されています。現在は旭川に所属しており、2021年に女満別駅で撮影することが出来ました。

かつて上砂川支線を走っていたキハ40 1762(←762←185)

キハ40 1762は1986年8月、キハ40 185の時にトレインタイムスさんのツイートで確認できました。1980年に製造され、1992年まで苗穂に所属し、キハ40 762に改造されたうえで旭川に転属しています。2006年には1700番台に改造されています。現在は函館に所属しており、2021年には函館駅で撮影することが出来ました。

かつて上砂川支線を走っていたキハ40 1803(←803←188)

キハ40 1803は1985年7月、キハ40 188の時に元鉄さんの「【軌跡28】北海道旅行 :3日目 (1985/07/25)」『国鉄全線完乗の軌跡~「乗り鉄」だった80年代~』で確認できました。1980年に製造され、1993年まで苗穂に所属していました。1993年に函館に転属したうえでキハ40 803に改造されています。2004年には1700番台に改造されています。現在も函館に所属しており、2021年には函館駅で撮影することが出来ました。

かつて上砂川支線を走っていたキハ40 730(←215)

キハ40 730は1989年5月、キハ40 215の時に記録が残っています。1980年に製造され、当初は室蘭に配置、1984年に苫小牧に転属、1989年7月には苗穂へと転属してきました。当時の上砂川支線の運用は苗穂車だったものと思われますが、苫小牧時代の1989年5月に目撃されていることに疑問が残ります。1991年には旭川に転属したうえでキハ40 730に改造されています。現在も旭川に所属しており、2021年には滝川駅で撮影することが出来ましたが、2022年に入ってから釧路で解体されたようです。

かつて上砂川支線を走っていたキハ40 359(←731←216)

キハ40 731は1984年7月、キハ40 216の時に裏辺研究所さんの「○旅行4日目~7月13日(金)~」『ひょん君撮影記』で確認できました。1980年に製造され、1991年まで苗穂に所属していました。1991年にはキハ40 731に改造されたうえで旭川に転属しています。1999年にはキハ40 359に改造されて苫小牧に転属、日高本線で活躍していました。2015年1月の高波で日高本線が不通になり、岩見沢地区などの運用にまわされました。2021年には日高本線鵡川~様似間が正式に廃線、キハ40 359も廃車となっています。キハ40 359は2009年、私が日高本線を完乗したときに乗った車両で、個人的にも思い入れが深いです。2015年7月には苗穂工場に留置されているのも目撃しています。

キハ40 733は、キハ40 139の時の記録が残っています。700番台に改造されて以降にも記録があるため、そちらで纏めて紹介します。

<車歴>

・キハ40 113(富士重工業、1977年3月8日製造、苗穂)→(1985年3月14日転属、札幌)→(略)→キハ40 838(苗穂工場、1995年2月4日改造、函館)→(2016年廃車、函館)

・キハ40 134(富士重工業、1979年8月20日製造、苗穂)→(1986年3月3日転属、札幌)→(略)→キハ40 726(旭川車両センター、1992年1月19日改造、旭川)→(2021年廃車、旭川)

・キハ40 136(富士重工業、1979年8月20日製造、苗穂)→(1986年3月2日転属、札幌)→(略)→キハ40 708(苗穂工場、1990年11月27日改造、旭川)→(2021年廃車、旭川)

・キハ40 139(富士重工業、1979年8月20日製造、苗穂)→(1986年3月4日転属、札幌)→(略)→(1988年11月3日転属、苗穂)→(1989年転属、函館)→(略)→キハ40 767(五稜郭車両所、1992年5月24日改造、釧路)→(略)→キハ40 1767(苗穂工場、2009年3月改造、苫小牧)→(2021年3月20日転属、函館)

・キハ40 150(新潟鐵工所、1980年1月12日製造、苗穂)→(1988年11月24日転属、旭川)→(略)→キハ40 789(苗穂工場、1994年1月27日改造、苫小牧)→(2018年廃車)

・キハ40 169(新潟鐵工所、1980年7月29日製造、釧路)→キハ40 745(苗穂工場、1991年12月29日、旭川)→キハ40 1745(苗穂工場、2011年2月28日、旭川)

・キハ40 178(新潟鐵工所、1980年9月13日製造、苗穂)→(1993年3月17日転属、函館)→キハ40 814(苗穂工場、1994年10月22日改造、函館)→キハ40 1814(2008年11月12日改造、函館)→道南いさりび鉄道

・キハ40 183(新潟鐵工所、1980年9月13日製造、苗穂)→キハ40 783(苗穂工場、1993年6月14日改造、苗穂)→(1993年6月17日転属、苫小牧)→キハ40 1783(苗穂工場、2006年5月13日改造、苫小牧)

・キハ40 184(新潟鐵工所、1980年9月13日製造、苗穂)→キハ40 784(苗穂工場、1993年7月9日改造、苗穂)→(1993年7月12日転属、苫小牧)→キハ40 1784(苗穂工場、2006年6月28日改造、苫小牧)→(2021年3月27日転属、旭川)

・キハ40 185(富士重工業、1980年7月7日製造、苗穂)→キハ40 762(苗穂工場、1992年9月6日改造、苗穂)→(1992年9月7日転属、旭川)→(略)→キハ40 1762(2008年8月26日改造、苫小牧)→(2021年3月20日転属、函館)

・キハ40 188(富士重工業、1980年7月7日製造、苗穂)→(1993年6月1日転属、函館)→キハ40 803(五稜郭車両所、1993年8月18日改造、函館)→キハ40 1803(2004年5月21日改造、函館)

・キハ40 215(富士重工業、1980年10月25日製造、室蘭)→(1984年2月1日転属、苫小牧)→(1989年7月1日転属、苗穂)→キハ40 730(苗穂工場、1991年7月27日改造、旭川)→(2022年廃車)

・キハ40 216(富士重工業、1980年10月25日製造、苗穂)→キハ40 731(苗穂工場、1991年8月21日改造、旭川)→キハ40 359(苗穂工場、1999年10月22日改造、苫小牧)→(2021年廃車)

・キハ40 221(富士重工業、1981年4月6日製造、苗穂)→キハ40 733(苗穂工場、1991年11月1日改造、旭川)→(2022年廃車)

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かつて上砂川支線を走っていたキハ54形(イメージ)

その後はキハ54形500番台が投入されました。1986年12月~1988年5月までは運用が確認できています。この時期のラッシュ時間はキハ27・56形の2両編成を使っています。キハ54形500番台は歌志内線との共通運用という側面があったと考えられ、歌志内線廃止後の1988年中に目撃のあった車両は他所に転出しています。確認できた番号は506、515、524の3台です。500番台は耐候性に優れるステンレス車体の採用、積雪や勾配に対応した2エンジン搭載など、実情に応じた設備を装備している一方、廃車発生品やバス部品の流用などのコスト削減も図られています。

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かつて上砂川支線を走っていたキハ54 506

キハ54 506は『北海道廃止ローカル線写真集 追憶の鉄路』の342頁に掲載されていました。正確な時期は不明ですが、新製時期から1986年12月以降の冬の写真だと思われます。現在は旭川に所属しており、2021年に美幌駅で撮影することが出来ました。

かつて上砂川支線を走っていたキハ54 515

キハ54 515はTwitter上で確認でき、投稿者によると1988年5月の撮影とあります。これは歌志内線廃止後に撮影された珍しいケースです。現在は釧路に所属しており、2021年に釧路駅で撮影することが出来ました。

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かつて上砂川支線を走っていたキハ54 506

キハ54 524は2か所のブログで確認でき、1986年12月と1987年3月末の記録があります。車歴を見る限りは1988年10月まで2台とも苗穂所属だったようなので、歌志内線廃止時期まではキハ54形が上砂川支線の運用を担っていたのではないでしょうか?

この辺りは当時の雑誌記事を漁ってみたら判明するかもしれません。現在は釧路に所属しており、2021年に釧路駅で撮影することが出来ました。

<車歴>

・キハ54 506(新潟鐵工所、1986年11月30日製造、苗穂)→(1988年10月29日転属、旭川)

・キハ54 515(新潟鐵工所、1986年12月8日製造、苗穂)→(1988年10月19日転属、旭川)→(略)→(1994年1月18日転属、釧路)

・キハ54 524(新潟鐵工所、1986年12月8日製造、苗穂)→(1988年10月23日転属、釧路)

かつて上砂川支線を走っていたキハ27・56形(イメージ)

国鉄の分割民営化前後にはラッシュ時限定でキハ27・56形が入線していた記録があります。1989年3月には少なくとも確認できています。編成は上砂川方から←キハ56 107+キハ27 32→で、両車とも釧路所属車となっています。これは根室本線間合い運用かと考えられます。

キハ27・56形「さよなら上砂川支線号」(イメージ)

また、上砂川支線の廃線直前に運転された「さよなら上砂川支線号」は1994年5月8日に6両編成、5月15日に8両編成のキハ27・56形が使われていたことが「さよなら上砂川支線」『鉄道ファン』の175頁で確認できます。『失われし北海道の鉄路』でも確認できます。これは札幌駅からの直通便であり、全車自由席で札幌~砂川は急行列車だったようです。配線の都合上、滝川駅にて折り返して入線したというのも興味深い点です。編成を正確に記録したものは確認できていませんが、書籍や写真を分析したところ

さよなら上砂川支線号(5月8日)

←上砂川駅 ←キハ56 144+キハ27・56形4連+キハ56 203→ 砂川駅→

さよなら上砂川支線号(5月15日)

←上砂川駅 ←キハ27 216+キハ27 200→+キハ56 200→+キハ56 200→+←キハ56 100?+キハ27 200→+←キハ56 200+キハ56 207→ 砂川駅→

の2本が存在していたことがわかります。『失われし北海道の鉄路』では5月15日の編成と記載されていますが、恐らく5月8日の誤りと考えられます。

<車歴>

・キハ27 32(東急車輛製造、1962年4月30日製造、札幌)→(1980年9月29日転属、釧路)→(1989年12月2日廃車)

・キハ27 216(日本車輌製造、1968年12月18日製造、苗穂)→(1992年7月1日転属、苫小牧)→(1993年3月16日転属、苗穂)→(1995年8月10日廃車)

・キハ56 107(新潟鐵工所、1963年5月18日製造、函館)→(1981年10月6日転属、釧路)→(1990年転属、苗穂)→(1991年9月11日廃車)

・キハ56 144(新潟鐵工所、1967年4月1日、苗穂)→(1995年8月10日廃車)

・キハ56 203(新潟鐵工所、1968年6月26日製造、札幌)→(1988年3月13日転属、苗穂)→(2000年3月31日廃車)

・キハ56 207(新潟鐵工所、1968年9月3日製造、札幌)→(1988年3月3日転属、苗穂)→(2000年12月11日廃車)

かつて上砂川支線を走っていたキハ22形700番台(イメージ)

その後、上砂川支線のワンマン化が行われました。その時に導入されたのがキハ22形700番台です。701、702の2台が苫小牧に配置されたうえで上砂川支線での運用に就いていたそうです。ということは室蘭本線からの普通列車に繋がれて配置区に戻ることもあったのかなと思います。最終的に700番台は、同様にワンマン化された旭川のキハ40形700番台に置き換えられて終焉を迎えました。

キハ22形「そらち号」(イメージ)

番外編としてキハ22 93+603の2両が団臨として国鉄末期の1986年8月16日に走ったという記録があります。列車名は「そらち号」で札幌→歌志内→上砂川→札幌という行程だったそうです。この2両のキハ22、カーペットに改造されているとのことで詳細が気になっているところです。

かつて上砂川支線を走っていたキハ40 352(←713←155)

かつて上砂川支線を走っていたキハ40 1724(←724←132)

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かつて上砂川支線を走っていたキハ40 733(←221)

かつて上砂川支線を走っていたキハ40 734(←152)

かつて上砂川支線を走っていたキハ40 1747(←747←204)

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かつて上砂川支線を走っていたキハ40 1767(←767←139)

かつて上砂川支線を走っていた「フラノエクスプレス」

気動車としては最後に「フラノエクスプレス」を挙げる必要があります。キハ80系改造のジョイフルトレイン国鉄時代に登場しました。「フラノエクスプレス」は引退後も永らく苗穂工場で保管されていたので私も目にする機会が有りました。

上砂川支線に入線した「ビッグスニーカートレイン」(イメージ)

何度か入線しているようですが、1987年の「ビッグスニーカートレイン」の時にも入線しているのが意外です。

上砂川支線に入線した「フラノエクスプレス」(イメージ)

この編成は最終日にも「フラノエクスプレス」として入線しており、上砂川支線とはなかなか縁の深い編成です。

<参考文献>

・砂川市史編纂委員会『砂川市史』(砂川市役所、1971年2月20日)

・穂積規「さよなら上砂川支線」『鉄道ファン』(交友社、第34巻第8号、p.175、1994年8月1日)

・藤田吾郎「キハ35・45系車歴表」『鉄道ピクトリアル』(電気車研究会、第54巻第2号、pp.64-74、2004年2月1日)

・葛英一・藤田吾郎「キハ20系車歴表【Ⅰ】」『鉄道ピクトリアル』(電気車研究会、第59巻第9号、pp.66-81、2009年9月1日)

・工藤裕之『北海道廃止ローカル線写真集 追憶の鉄路』(北海道新聞社、2011年12月24日)

鉄道友の会気動車研究会『国鉄形車両の記録 急行形気動車』(電気車研究会、2018年3月10日)

池口英司『失われし北海道の鉄路』(イカロス出版、2020年7月30日)

<参考サイト>

・「上砂川支線」『ギャラリー弐番館』(at-train)

http://www.ne.jp/asahi/at-train/jr/rail/hokkaido/kamis/kamis.htm>(2022-01-24参照)

・「1983年8月 北海道全土のりある記 根室本線の混合列車編」『1980年代国鉄撮影日記』(mgpc64)

http://1980jnr.net/contents3-5-3.html>(2022-05-16参照)

・「○旅行4日目~7月13日(金)~」『ひょん君撮影記』(ひょん君)

http://www.uraken.net/hyon/056hokkaido2/02.html>(2022-05-16参照)

・「【軌跡28】北海道旅行 :3日目 (1985/07/25)」『国鉄全線完乗の軌跡~「乗り鉄」だった80年代~』(元鉄、2020年10月12日)

https://ameblo.jp/jnr-complete/entry-12635305574.html>(2022-05-16参照)

『トレインタイムス』(@TrainTimesCIC)

https://twitter.com/TrainTimesCIC>(2022-01-25参照)

2022年4月のトップページ

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2022年4月のトップページ

 

プラレールや保存車/廃車体等をメインにしたブログを運営する「砂川」です。元々は「保存車とプラレール」「砂川鉄道の保存車とプラレール日誌」「砂川鉄道広報課」というブログを運営していました。

当ブログではプラレールを中心に保存車/廃車体等の鉄道趣味のメジャーではない部分に焦点を当てて取り扱っていきたいと思います。文章力が無く下手な文章となってしまうかもしれませんが読んで頂けると幸いです。
 

今月のトップページは、2022年3月5・6日に行われた「第14回北本でんしゃ広場」より那珂湊駅からです。「第14回北本でんしゃ広場」のテーマは「北関東」でした。私は気動車が好きだったのでひたちなか海浜鉄道(茨城交通)をメインに製作することにしました。同様に気動車好きのやはさん、今回キハ222を製作してきたiwatetsuくんと共に那珂湊駅を再現してみました。レイアウト設計の段階でも那珂湊駅をイメージしていましたが、車両が並ぶとよりそれらしい雰囲気になります。「北本でんしゃ広場」では毎回テーマを設定してレイアウトプランやポスター制作に用いています。これは車両を絞る目的ではなく、あくまで全体のテーマとして設けているつもりです。当然、レイアウトをテーマに合わせて組んでいるのでテーマに合わせた車両を持ってきてもらえると再現出来たりカッコ良い写真を撮れるので楽しみが増えるのかなとは思っていますが、決してテーマに合う車両じゃなきゃいけないという方針にはならないように設定したいと思っています。

私事ですが、先月の中頃に大学を卒業しました。長い通学時間、慣れない設計課題、2か月丸々使った卒業研究などを突破して、無事に留年などもせずに卒業できました。元々やりたい分野の学科だったので楽しく勉強でき、学芸員課程も併用したことで夏休みは失われましたが、博物館実習で博物館をお客さんの目だけでなく運営の目でも見ることが出来、部活動の面でも高校までとは違うスポーツを選び、辞めてからも交流が途絶えないような素晴らしい友人を得ることが出来、総合的に見ても非常に楽しい学生生活を送れたなと思います。まだ学問の道から外れるわけではないですが、一区切りとして卒業という節目を無事に迎えられたのも本当に良かったなと思います。

 

重要なお知らせ
「改造プラレール」の目次ページ末尾に他のプラレーラー様へのお乗り換え口を整備しました。従来から数人分載せて頂いていましたが、今回は名誉会長様、やは様、ぺこり様、平塚様、津崎様、はまのべ様、たまてつ様、六郷様、たろこ様、onちゃん様の改造車両紹介ページを追加しています。お互いの車両の把握や技術向上、見てくれる方の利便性向上が図れればいいと思います。
 
初代ブログ「保存車とプラレール
二代目ブログ「砂川鉄道の保存車とプラレール
三代目ブログ「砂川鉄道広報課」
初代バスブログ「朝日カラーのバスブログ」
二代目バスブログ「赤白バスに魅せられて
在籍プラレール団体ブログ「JOIN-T
ブログ内目次
 
プラレールの改造はメーカーであるタカラトミー様は推奨していません。改造はあくまで自己責任でお願いします。改造されて怪我等をされても当blog及びメーカー様は一切の責任を負いません。
*肖像権が関わる画像や企業名などが写っている画像は予め加工しています。
*敷地内で撮影した画像は全て許可を得て撮影しています。

2022年3月のトップページ

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今月のトップページは、「瀬戸蔵ミュージアム」より名鉄モ754です。小学生の頃、瀬戸線の沿線に住んでいました。最寄駅から栄町に向かうときや遠足で小幡に行くときに利用しており、瀬戸線生え抜きの6600系が特にお気に入りでした。瀬戸線の前身は瀬戸電気鉄道で、栄町駅開業前は堀川駅という名古屋城外堀の中を走る路線であり、「お堀電車」とも呼ばれていました。父親に連れられて自転車で堀川駅や周辺の廃線跡を巡ったのも思い出深いです。また、瀬戸川の終点である尾張瀬戸駅の旧駅舎は「瀬戸蔵ミュージアム」内に復元保存されています。「瀬戸蔵ミュージアム」にはモ754のかっとボディも保存されており、瀬戸物輸送の歴史、瀬戸市の発展の歴史を残しています。この博物館も小学校の頃に何度も来た博物館で、思い出が多い博物館の一つです。2022年1月、「瀬戸市民公園」にて保存されている瀬戸電の車両たちの解体が発表されました。卒業研究が終わった直後、その姿を目に焼き付けたいと思い、フォロワーのわぐちんくんと共に「瀬戸市民公園」と「瀬戸蔵ミュージアム」を巡りました。特に「瀬戸蔵ミュージアム」は小学校以来15年ぶりの訪問で、様々な思い出が甦ってきました。「瀬戸市民公園」、「瀬戸蔵ミュージアム」に保存されている瀬戸電の保存車両たちはどちらも瀬戸市の歴史を伝える文化財だと思います。瀬戸市在住では無かったとはいえ、元瀬戸線沿線民としては今後も残ってほしいと願うばかりです。最後に一緒に瀬戸線を巡ってくれたわぐちんくんありがとうございました。

 

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2022年2月のトップページ

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今月のトップページは、西片上駅付近にある片上鉄道のDD13形です。瀬戸内海に面した場所に保存されており、多少なりとも錆が出ていますが、かつての片上駅の敷地で余生を過ごす姿はどこか幸せそうに見える気がしました。1月は学業に終われて気づくと過ぎ去っていましたが、2月は気ままにプラレールでもして過ごそうかなと思います。

 

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プラレール改造を始めて10年

本日で砂川車輌発足10周年を迎えました。初めてやすりを握って201系の側面を削ったのが、私のプラレール改造の始まりです。そこから10年、自分の作りたい車両、興味のある車両、旅行で出会った車両、仲間に薦められた車両、正直何両作ったかは覚えていません。2016年半ばを境に新作を作る傍ら、本格的なリメイク事業をスタートしました。代替新造を兼ねて作ったキハ261形、今でも主力の6050系などなど、地道に進めています。2017年1月末までは以下の記事で纏めています。

sunagawarailway.hatenablog.com

また、改造車両の一覧は以下の記事です。

sunagawarailway.hatenablog.com

そのため、この記事では2017年2月以降の車両を載せていこうと思います。

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2017年2月末、函館本線を疾走する785系のスーパーカムイが引退するとのことで慌てて渡道しました。その時、前年に作った300番台を0番台へと復原しています。付け焼き刃ではありますが、一番好きだった特急列車の最期を見れて良かったです。余談ですが、スーパーホワイトアロー時代から785系にはよくお世話になっていました。そのため、プラレールでも何度も作ろうとして挫折していたりします。この時はようやく並べられて一区切りつきました。

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この時の渡道ではやはさん、ともちんさん、みっちゃんさん、まつさんたちとカラオケでプラレールを広げて遊んでいました。直前に14系の東武甲種があり、渡道前に慌ててデキ107を茶色に塗ってデキ505風に仕上げています。この時期は受験期直後というのもあってやっつけ改造が本当に多いですね。

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3月末には「まちだ」がありました。何か東京西部・神奈川に居そうな車両を作りたいと考えて作ったのが東鉄工業KSP2002型です。実際に神奈川県に配備されているかはわかりません笑

やっつけ改造満載の作品でしたが、何気に今でもよく運転会で使うくらいには気に入った作品です。池ちゃんと初めて会ったのもこの運転会ですが、もう5年近くになるんですね。

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この時に青流が6連の485系K60を仕上げてきました。私のK40にもイルカマークを貼ってくれて9両編成になりました。この後最後のモハが完成するまで3年かかりました。本当にごめんなさい。

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ゴールデンウィークには「ふちゅう」と「きたもと」の日程がほぼ被るという事件が発生、幸いにも設営日だけは被っていなかったので設営日の夜に軽くお邪魔しました。その時に1000番台さんのご協力でJOIN-Tトレインを作り、少しだけおかせてもらいましたね。DD51形は自分の思い付きで「たから号」のヘッドマーク風にして製作しました。

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翌日からは「きたもと」の設営日、そして公開日となりました。やはさんと異製作者同系列並びをやったのもいい思い出ですね。今やったらまた違った結果になりそうです笑

6050系が2両編成で復活したのもこの運転会でした。この回は「ふちゅう」と被るだけでなく、模試とも被って名誉会長さんやパシフィックさんにお願いしてイベントを抜け出していたなんてこともありましたね。本当に申し訳ないです。

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冬くらいには協三15tを仕上げていました。2015年にらいぷらが作ってくれたものをリメイクしています。モデルは竜王駅の個体です。

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同じくらいぷらが2014年に作ってくれたアントも修理していました。主に足回りを交換しています。モデルは豊田車両センターのだったと思います。

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あっという間に1年が過ぎ去り、3月末にはまた「まちだ」にお邪魔していました。2017年度の落成数は過去最低の3両、悲しい感じもしますが、私生活がよくも悪くも充実しておりプラレールに取り組むことが出来ない年だったというのもあります。

f:id:sunagawarailway:20220131201131j:plain「ちゅうおう」に合わせてワム80000形を大量増備、長大編成を走らせてもらいました。ただ、長すぎるとやはり運転会では使いにくいと実感しまいた。

f:id:sunagawarailway:20220131201155j:plain車両をお借りして911形のロングレール輸送を再現してみました。

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2018年もプラレールを改造しないまま、グダグダと月日が過ぎていきます。運転会にはほどほどに参加していたようで「きたもと」だけでなく「ふちゅう」や「JAM」にも参加していました。特に「JAM」では北海道がテーマという事でお誘いいただき走らせてもらいましたが、トマサホの老朽化が深刻なことに改めて気づかされる回になりました。

9月半ば、諸事情で足を負傷、部活に出れなくなりました。そして、このタイミングで秋の「さっぽろ」が近づいていました。部活に出られないのを逆手にとってプラレールに取り組みます。2018年の新作ラッシュの時期でした。

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まず、「JAM」で老朽化を再認識したトマサホのリメイクに着手、気に食わない所を丁寧に直していき、無事に後尾車のリメイクが終わりました。

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次にDF51形0900番台の増備、0901号機を作ったのが2014年だったので、実に4年の時を経て3重連が実現した形になります。

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2015年の「きたもと」のときに一晩で何か作れとやはさんに言われて作った711系旧塗装も3両増備&塗りなおしをして6連になりました。

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2013年、2014年の二回に分けて作ったライラックもリメイクして「さっぽろ」に持ち込みました。まつさんの国鉄色との並びです。

f:id:sunagawarailway:20220125193831j:plainプラレール改造の目標とも言えた785系も急かされながらこの時期に作りました。無事に完成できて本当に良かったと感じる作品です。ちなみに、出発直前まで塗っていたため、自転車のカゴで乾かしたという伝説があります笑

f:id:sunagawarailway:20220125194218j:plainやはさんの789系含めて函館本線の特急並びが実現しました。スペシャルセットで出してほしかったですね。

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一時的に0番台に化けていた785系300番台は「さっぽろ」の開催&785系の新造に合わせて300番台に復帰しました。

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12月の「きたもと」では雅さんから頂いたキハ48形300番台を仕上げました。偶然にもRAILWARSの発売日と同時期だったので会場で最新巻も含めたRAILWARS並びを実施してみたり。

f:id:sunagawarailway:20220131201508j:plain久々に「なかよし号」も使用、おぎのやに隣接する列車食堂みたいな使われ方をしていました笑

f:id:sunagawarailway:20220131201536j:plain草ヒロ軍団、秩父3000系の「ラーメン急行 山小屋」とワム80000形の倉庫を置いています。

f:id:sunagawarailway:20220131202303j:plain2018年12月までに作った車両は「さっぽろ」向けとワム80000形のお陰でそこそこの数になりましたね。

f:id:sunagawarailway:20220131202134j:plain3月の「きたもと」に合わせて超進化電動貨物の塗り替えで911形の後継車を製作してみました。

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「かわぐち」では485系の並びを実施しました。なんだかんだでドルフィンは関東地区の運転会で映えます。

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4月には念願かなって「各務原」にお邪魔させていただきました。けんぼーさんの近鉄ゾーンや三重電池鉄道さんのゾーンが特に印象に残っています。レイアウト内に東海地区の車両という事でマルタイを置かせていただきました。

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5月の「ふちゅう」では青森を再現しました。やはさんのキハ22形をお借りして、弘南鉄道色に塗り替えた状態で展示しました。雰囲気は黒石駅です。

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他にも空転さんや銀嶺君、鯨君と共に子供向けの本の並びを再現してみました。

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5月末にはサハリンに渡るためにキハ58形をサハリン仕様に変更しました。自分で言うのもなんですが、この時期の作品は塗り替え作品が多いですね笑

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8月の「きたもと」向けにはC58形のリメイクを行いました。給水温め器やデフの点検穴を実車同様に直してみました。

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設営日にレイアウトを組んでて6月の「神岡編」を思い出しながら富山の路面電車を作りました。自分が富山地鉄9000形、やはさんは富山ライトレールを作っていました。

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9月には四国旅行に誘われたので実車が四国を走ったことがあるため、トマサホの中間車を修理しました。松山駅までもっていって思いをはせました。

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11月の「きたもと」向けでサハリンで見かけた機関車と貨車を塗り替えで再現してみました。塗るだけでもかなり雰囲気が出るのでお気に入りのシリーズです。

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「PM MODELS」に合わせて慌てて製作した「にっこうかいそく」です。「かわぐち」ではこんな並びも笑

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南大東島に行くにあたってシュガートレインを作りたいよねという話になり、やはさんと共に機関車、サトウキビ貨車、客車の編成を用意して最南端の運転会をやりました笑

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永らくデキ505に化けていたデキ100形をデキ108にしようということで水色で塗ってみました。しかし、明るすぎる印象に仕上がってしまいました。

f:id:sunagawarailway:20220202233255j:plainこの姿で松尾鉱山に里帰りさせてみました。

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年明けには「きたもと」向けにあけぼの用のカニ24形を製作してみました。ここから1年かけて「あけぼの」プロジェクトがスタートします。

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青流がK60を作ってからはや3年経ち、私がモハを増備したことでようやくK100を組むことが出来ました。

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陸別に行ってから欲しくなっていたCR70形をサロハさんのご協力で完成させることが出来ました。塗装がかなりしんどい1台でしたね笑

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3月には憧れの三重電池鉄道さんのDF50形を見ることが出来ました。その後、複製品を頂いて仕上げることも出来ました。

水島臨海鉄道キハ20形

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水島臨海鉄道キハ20形キハ208
水島臨海鉄道キハ20形は、日本国有鉄道から1987年に譲渡を受けて2014年の定期運行終了まで活躍し、現在もキハ205が倉敷貨物ターミナル駅にて留置されています。元々は日本国有鉄道の非電化路線の無煙化と近代化を目的に製造されたキハ20系の基本形式となるキハ20形で、水島臨海鉄道入線後の1988年にトイレを撤去し冷房化も行われています。今回製作したキハ208は四国内で使用されていた車両で、分割民営化直前に高知で廃車となり水島臨海鉄道に入線しています。
2014年の定期運行終了直前に見に行けず、この塗装の車両たちはすぐに解体されてしまい見ることが叶いませんでした。せめて手元に作品として置いておきたかったため、以前から作りたいと考えていました。2021年8月から10月にかけて、国鉄色のまま倉敷貨物ターミナル駅に留置されていたキハ205を保存するクラウドファンディング行われ、突如水島臨海鉄道のキハ20形に光が当てられます。また、やはさんが行っている「アイドルの街の電車シリーズ」に触発され、岡山県出身の乙倉悠貴の誕生日が10月6日であることも製作の後押しとなりました。しかし、2021年10月6日の時点で車体は組みあがったものの完成とは言えない状態であり、この時期の完成は見送ることになります。ところが、2022年1月に岡山方面に旅行に行くことになりました。これがきっかけとなり作業再開、卒業研究が終盤戦に差し掛かったのをいいことに一気に畳みかけ、辛うじて旅行に間に合わせて完成させることが出来ました。誕生日やクラウドファンディングの終了日には間に合いませんでしたが、実車と並べる機会を作れたのは良かったなと思います。このような経緯もあり、未完成箇所や塗装のミスが目立ちます。

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キハ208側面
やはさんに依頼されてキハ52形を設計したときの図面を流用して製作しています。そのため新動力用のツメが残ってしまっています。実は我が家のキハ20系新メカ車のベースとなっており、新メカのユニットが収まるかの実験車両でもありました。窓はプラレールサイズに落とし込む上で両扉間に3枚入れ、扉の前後にも小窓を配置することとしました。今後、キハ52形を作るときにどうするかも少し悩んでいるところです。

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北海道旅客鉄道キハ22形700番台との並び
どちらも2021年度の設計車両でありかなり似通っていますが、窓のHゴムを0.3mmプラバンで再現する仕様に変更したため、キハ208の方が引き締まった印象になりました。

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キハ208前面
あまりにも突貫工事だったため塗装の漏れが目立ちますが、国鉄気動車の表情をうまくプラレールに落とし込むことに成功したなと思います。地味に大変なのが扉でプレス部分を再現したり、足元のバス窓も設置しました。

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キハ208屋根上
<ベンチレーターは従来のキハ22形同様、205系のベンチレーター程度のサイズのものをプラ棒から製作しています。排気管は穴のみを空けたのみで現時点では設置していません。

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東日本旅客鉄道キハ30形との並び
国鉄形を数多く保有する水島臨海鉄道では、久留里線で活躍していたキハ30形も在籍しています。時期的にはそこまで重ならないですが、置き換え時期にはこのような並びもあったのでしょう。
 
種車:でんしゃ台車

塗装:B-515 Mr.サーフェイサー1200スプレー

   S-13 Mr.カラースプレーニュートラルグレー

   S-34 Mr.カラースプレースカイブルー

   S-80 Mr.カラースプレーコバルトブルー

   S-97 Mr.カラースプレー灰色9号

   GM10 ガンダムマーカーガンダムブラック

車歴:2022年1月25日 落成