Sunagawa Railway

改造プラレールや保存車・廃車体をメインに取り扱っています。

上砂川支線を走った車両たち

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上砂川駅舎とキハ22形700番台

今回は上砂川支線と歌志内線等砂川周辺地区を走った記録のある車両たちを取り上げていきます。

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上砂川駅で入換作業を行う9600形(イメージ)

まずは蒸気機関車からです。戦前は資料が乏しいため分からないですが、戦後は鉄道趣味の先輩方が撮影した写真や郷土資料等に記録が残っています。主に貨物は9600形(入換)とD51形が担っていたようです。具体的な番号としては19667(砂川駅)、79602(砂川駅)、D51 7(歌志内線)、68、95、96、297、483、561、603、611(歌志内線)、1072、1086、1127というような顔ぶれで基本的には滝川機関区所属のカマが充てられていました。オレンジカードによると上砂川支線のSL全廃は1975年11月4日だそうです。

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碓氷峠鉄道文化むらに展示されているD51 96号

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滝川市郷土館に展示されているD51 297号

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SLホテル田園プラザに展示されているD51 561号

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神戸駅前に展示されているD51 1072号

この中には追分で最期を遂げたカマもいます。ちなみにD51形の中で68号機が小岩井農場、95号機が新得、96号機が碓氷峠、297号機が滝川、483号機が穂高、561号機が川場村1072号機が神戸駅前にて保存されています。

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19世紀ホールに展示されているD51 603号

79602号機とD51 603、1086号機は1976年4月13日の追分機関区火災にて不幸にも焼失してしまいました。その後、D51 1086号機は動輪が道内にて残されており、603号機は共栄興業の手によって救出され、カットモデルとなり19世紀ホールで現在も姿を見ることが出来ます。

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上砂川支線で活躍するDD51形(イメージ)

次にディーゼル機関車です。蒸気機関車の全廃後は上砂川支線・歌志内線共にDD51形やDE10形が貨物輸送を担っていたようです。

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かつて上砂川支線で走っていたDD51 1137号

DD51 1073号機が活躍していたのが確認できました。1073号機は分割民営化後もJR貨物で貨物列車を牽いていたようです。最後まで国鉄色だったようです。2013年に鷲別機関区で解体され役目を終えたようです。他にも以前どこかでDD51 1137号機が活躍していたのを見た気がします。分割民営化前は小樽築港機関区に所属していたはずですが、民営化直前に岩見沢第二機関区に転属、民営化後はJR北海道に引き継がれて北斗星カラーになりました。廃車後はタイに譲渡されて現在も活躍中の様です。一方、DE10形は1741号機が歌志内線で走っている写真を見たことがあります。1741号機は滝川→岩見沢第二機関区と渡り歩き、JR北海道に引き継がれて最後は旭川で役目を終えたようです。その後は苗穂工場の入換機としてキハ183系の様な塗装を身に纏い2010年になる前にはDE15形に後を譲ったそうです。

次に気動車です。一部の内容は記事を独立させたのでそちらをご覧ください。

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キハ21 51が歌志内線西歌駅で撮影された写真があります。1979年にはキハ40形とつながっている写真があったので、全廃時期まで一部の車両は上砂川支線に入線していたようです。

把握できている限りでは歌志内線のキハ22 39があります。この車は苗穂配置で最期は釧路で過ごしていたそうです。上砂川支線では活躍している姿を確認できませんでした。

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歌志内線で活躍していたキハ45 2(イメージ)

キハ40形に入る前に、余談として歌志内線で活躍したキハ45形についても述べておきましょう。キハ45形は言わずと知れた60系客車を気動車化したグループです。苗穂配置のキハ45形を始めとした気動車たちが歌志内線で活躍していたようです。キハ45形(後のキハ09形)は片運転台で他の気動車と連結して運用していました。以前書籍で2番が歌志内駅にいたことを確認しています。

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上砂川支線の運用に就いていたキハ40形700番台(イメージ)

先述した通りキハ22形700番台の置き換えとして、旭川所属のキハ40形700番台が上砂川支線を走り始めます。最終的にはこの形式が上砂川支線の廃線まで走り続けることになります。具体的な番号として710(最終日)、716、718(最終日)、733、734、747、767等です。710、716は350番台に改造されて355、351となり日高線室蘭本線で活躍しています。734は現在函館にいるようです。716、733、747は今も旭川に所属しています。716、747は延命改造で+1000され1716、1747となりました。

ラッシュ時はキハ56系が2両で運用に入っていたようです。これもいくつか写真が残っています。見つけられたのはキハ56 122+キハ27 12Xの編成です。

 

最後に貨車を紹介しましょう。

主に石炭車と無蓋車が入線しています。

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上砂川支線で活躍していたセキ3000・6000形(イメージ)

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上砂川支線で活躍していたセキ8000形

セキ3000形はセキ3518、セキ3620、セキ3647、セキ3656、セキ4001、セキ4219、セキ4935等を見かけます。セキ6000形はセキ6077、セキ6248、セキ6524、セキ6737、セキ6917、セキ7029、セキ7163が確認できました。また、セキ8000形も入線していたようです。確認できた番号は現時点でセキ8006のみです。

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上砂川支線で活躍していたトラ70000形(イメージ)

無蓋車はトラ45000形、トラ70000形の写真をよくみます。坑木輸送等に使っていたようです。

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上砂川支線で活躍していた?ホキ800形(イメージ)

上砂川支線に入線したかは不明ですがホキ800形ホキ914が砂川駅に留置されている姿が写真に残っています。

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上砂川支線で活躍していたワフ29500形(イメージ)

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上砂川支線で活躍していたヨ3500形(イメージ)

緩急車は有蓋緩急車も車掌車も見かけます。ワフ22000形、ワフ29500形やヨ3500形が入線しています。ヨ3500形は写真が良く残っており、ヨ4422、ヨ4651、ヨ4676、ヨ4684の写真を見かけました。ヨ4647は日高地方、ヨ4651は二段リンクに改造されてヨ14651になり栗原市に保存されており、いつか見に行ってみたいものです。特にヨ4647はかなり写真が残っているので上砂川にくることも多かったと思われます。ヨ4684は歌志内線の石炭列車最後部に連結されているのが撮影されています。

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上砂川支線で活躍していたワム80000形(イメージ)

有蓋車はワム80000形が歌志内線に入っていたようですので、上砂川にも来ていたとは思うのですが、裏付けは取れていません。

 

以上が現時点で調査できている上砂川支線を走っていた車両たちです。この車両たちは最終的にプラレールで再現していきたいですね。他にも走っていた車両の情報がありましたら教えていただけるとありがたいです。

 

参考文献

池口英司(2020)『失われし北海道の鉄路』イカロス出版

野沢敬次(2018)『北海道の廃線アルバム』アルファベータブックス

 

参考サイト

「武蔵機関区報」<https://blog.goo.ne.jp/musashikikan1975

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